魔裟斗 K−1

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K−1王者になるまでの魔裟斗

1994年、15歳でボクシングの名門、
「ヨネクラボクシングジム」に入門。
プロボクサーを志すが、
プレッシャーからプロテスト受験当日に失踪し、
プロテストは不合格に終わる。
そして、そのまま「ヨネクラボクシングジム」を退会。

 

1997年、17歳で「藤ジム」に入門。
2000年1月、全日本キック「LEGEND-1」の、
ダブルメインイベントで対戦カードが組まれていたが、
魔裟斗が試合出場を拒否して「試合放棄」とされた。

 

同年3月、
「藤ジム」と「全日本キックボクシング連盟」に、
退会届を提出し、
全日本ウェルター級のタイトルも返上。

 

「シルバーウルフ」所属となった魔裟斗は、
自主興行「Wolf Revolution First Wave」を開催し、
メインイベントでクレイトン・コリヤーにKO勝ち。
11月には、ムラッド・サリと対戦し、
I.S.K.A.世界オリエンタルウェルター級王座を獲得。

 

2003年7月、
「K-1 WORLD MAX 2003」の決勝戦で、
前年度王者アルバート・クラウスをKOで下し、
優勝を果たす。

 

これ見た人多いんじゃないでしょうか?
魔裟斗格好よかったです。

 

 

2004年7月、
「K-1 WORLD MAX 2004」の決勝戦では、
ブアカーオ・ポープラムックと対戦。
フラフラの状態で戦っていたのにもかかわらず、
3R終了時点判定1-0で延長ラウンド突入となり、
延長ラウンドにて判定で負け、準優勝となった。

 

同年12月、「K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!」では、
山本"KID"徳郁とK-1ルールで対戦。
1R、KIDにダウンを奪われた直後、
2Rにダウンを奪い返し、
判定勝ちを収めたという、名勝負も記憶に新しい。

 

そして、数々の名勝負を繰り広げて、
2008年10月、「K-1 WORLD MAX 2008」では、
準決勝・決勝とも延長ラウンドでの判定勝ちで、
2度目のK-1 WORLD MAX王者となった。
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反逆のカリスマと呼ばれる由縁

『反逆のカリスマ』と呼ばれる『魔裟斗』だが、
「ヨネクラボクシングジム」・「藤ジム」での、
大一番でのメンタル面での弱さを克服し、
見事にK−1王者になったのが由縁だろうか。

 

どこまで自分を追い込んで立ち上がれるか、
これは魔裟斗が自分自身に言い聞かせている、
言葉でもある。
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引退までの道のり

2度目の世界王者となった魔裟斗は、引退を表明
エキシビションマッチで魔裟斗の後継者といわれるHIROYAと対戦
魂を伝承した。

 

K-1 WORLD MAX 2009 FINAL8でファン投票により武田を破って
勢いに乗ってる川尻達也と対戦。

 

DREAMを背負った川尻とK-1を背負った魔裟斗の対決は、
試合前から世間の注目を浴びた。

 

右ストレートでダウンを奪い、2Rはパンチのラッシュで川尻サイドからタオルがやや早めに投げ込まれたが、立ち技に関しての技術力の差は明らかだった。

 

 

そのあと引退試合として、2戦2敗のアンディーサワーと対戦
134勝84KO8敗の強敵だが、4Rにカウンターの右フックが当たりダウンを奪い
判定で勝利し有終の美を飾った。

 

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